あれはいつの出来事だったのか、もう忘れてしまいました。春日部市立大場小学校1、2年生ぐらいかなと思います。即ち昭和48、49年、西暦1973、74年頃です。
9―8か9―7の前辺りの車道右側を東へ向かって自転車で走行している時、後ろからオートバイ(確かカブ)に追突されたことがありました。
あの時の衝撃は今でも覚えています。
グワシャ、ガシャ、ガシャ―。
こんな音と共に天地がひっくり返って、一瞬、自分に何が起きているのかもわかりませんでした。気づいてみると、地面に放り出されていました。擦り傷などのけがをしていました。
私は泣いてしまいました。ナショナル製の自転車は路上に倒れていました。
私をひいたバイクに乗っていた若い男性は私を立たせ、「大丈夫?」と声をかけた後、バイクに乗って立ち去ってしまいました。あろうことか警察も呼ばず、病院に見せようともせず、そのまま行ってしまったことに今でも憤りを感じます。
周りに大人も子供もいて、様子を見てましたが、特に助け舟はありませんでした。まあ今でいうひき逃げという犯罪となります。
もちろん当時の法律でもひき逃げはひき逃げです。
しかし、当時は相手をひいて、けががなければ(車対人でも)、立ち去ってしまうというドライバーが往々にしていました。今の事故感覚と当時のものとは多少違うところがあったように思います。接触したという程度にしか捉えていないと言うか…。
私の自転車は後輪部分がひしゃげてしまい、ペダルを回転させることもできません。仕方なく私は自転車を押して9―9と9―5の間、9―10と9―4の間を通って、とぼとぼと9―12に帰りました。
家で母親に事情を話したところ、「えーっ」と驚かれました。しかし、母親は私の様子を見て、特に警察に通報することもせず、私を病院に連れて行くこともしませんでした。
私をひいた人は若い男性でした。顔に見覚えもありました。確か谷中商店街の理容店に勤めていた人でした。
幼稚園の頃の行きつけ理髪店は団地商店街の丹頂バーバーでした。何度か行った覚えがあります。しかし、9―12からだと谷中商店街の理髪店の方が近いので、途中からそこに通うようになりました。
団地周辺の商店街は、武里商店街、千間堀商店街、そして谷中商店街があります。団地商店街にももちろん買い物に行くのですが、住む団地棟が団地エリアの端っこにある場合、エリア外に形成された商店街に買い物に行くこともありました。
その理髪店は谷中商店街の中にありました。母親は、私と弟を連れて散髪に行きました。そこで修行している若い理容師3人の内の1人でした。
再び理髪店で顔を見ることがありましたが、私は何も言いいませんでした。向こうも少し気まずいという感じだったようには思いますが、特に向こうから気遣うような言葉も何もありませんでした。
あれから半世紀が経過しました。はねた男性は子供1人はねたことなどとうに忘却の彼方かもしれません。しかし、はねられた方はいつまでも被害意識が消えません。
懐かしいというより、苦い記憶です。