団地に住んでいた頃、珍しい苗字の方が何人かいて、記憶にとどめています。
どこまで実名を出してしまっていいのかという問題はありますが、珍しい苗字ということで例外的に慎重に扱ってみようと思います。下の名前は出しません。
まず「こうごう」さんという御宅が近所にありました。私の住んでいた9―12の同じ階段を共有していました。漢字はどういう漢字だったのか、うろ覚えですが、「光郷」さんだったかと思います。光郷さん宅にはお子さんがおられず、大人だけの世帯だったかと思います。つまり子供だった私との接点はありませんでした。
「しゅっと」さんという子がクラスメートにいました。この苗字は音が特色的だったのでよく覚えています。女子児童です。顔立も印象的な子でした。
漢字では「出雲」と書くのですが、知らなければ「しゅっと」と読めません。今、振り返ってもとても珍しい苗字だと思います。
いつだか9―8か9―7辺りに遊びに行った折、「しゅっと」さんの姿を遠くに見かけたことがありました。
この辺に住んでいたのか、あるいは彼女も遊びに来ていただけなのかわかりません。話すことはありませんでしたから。
「しゅっと」さんはクラスの中でおしゃべりでにぎやかな目立った感じの子ではありませんでした。かといって特におとなしいというわけでもありません。芯の強そうな女の子でした。

「くすおく」という苗字の子もいました。かなり珍しい苗字だと思います。やはり音が独特なので覚えています。漢字で「楠奥」。男の子でした。
「くすおく」君も教室の中で際立って目立つというタイプではなく、無口だった私以上には普通に話すタイプの男の子でした。
「しゅっと」さんも「くすおく」君も私が3年生の時の同級生です。向こうは私のことを覚えていないと思いますが、私の方ははっきりと覚えています。
2年の時に仲のよかった「いちげ」君は子供の当時も耳慣れない感じはありました。しかし、子供ですからその違和感を心の中で明瞭化しませんし、口に出すこともありません。
漢字では「市毛」君と書きます。大人になってから女優の「市毛良枝」さんをテレビで見るようになって、(同じ苗字だな)と時々思い出しました。
「いちげ」君は穏やかな性格の男の子でした。2年生の時は大場小学校校庭の隅で一緒に蜂を捕まえたり、5年生の時はせんげん台駅前のだだっ広い造成地(まだ盛り土の凹凸がたくさんあって雑草が生えていた)で秘密基地を作ったりしました。
かくいう私もありそうであまりない珍しい苗字の部類に入ります。栃木県栃木市の苗字ですが、私の曾祖母が群馬県に移住し、その子孫が桐生市近辺で少し増えたという程度の世帯数しかありません。父親が学校の関係で東京へ出て、東京出身の母と見合い結婚で結ばれ、抽選に当たり東京から武里団地に移住しました。私は武里団地に住んでいた頃、私は私の苗字を珍しい苗字だと多少は自覚していました。
団地在住者の苗字は高橋、鈴木、伊藤など日本で多数派の苗字の世帯が結構いたと思います。クラスメートにももちろんいました。
今も手許にある集合写真を眺めていると当時のことが懐かしく思い出されます。
私もあと1カ月ほどで還暦。
遠い遠いあの頃の武里団地の生活が懐かしく思い出されてなりません。























































