ここは武里団地9街区

丙午生まれの昭和回想

児童のきょうだい―5年1組②―

 昭和52年度の春日部市立大場小学校5年1組の名簿を〝史料〟として、きょうだいをテーマに書きたいと思います。
 掲げた名簿は前回アップしたお父さんの職業と同じものです。最上欄の「続柄」と「兄弟姉妹」だけ残して、それ以外は伏せさせていただきました。

昭和52年度、春日部市立大場小学校5年1組の名簿。続柄、兄弟姉妹の欄を提示しました(名簿はQ街区所蔵、人名・住所、差し障りがある箇所は伏せてあります)

 まず男子の続柄から見て行きましょう。5年1組の男子児童は「長男」が18人、「二男」が4人です。男子22人の内、「長男」が81%を占めています。圧倒的です。
 女子の続柄に移ります。「長女」が13人、「二女」が2人です。「長女」が87%とやはり多いです。
 もっとも長男の上に「長女」がいるかもしれませんし、長女の上に「長男」がいるかもしれず、また上が男の子ばかりで末っ子が「長女」、また逆の可能性もあります。
 とは言え、「長男」「長女」が多いのが気になります。このことを頭にとどめておいて次に「兄弟姉妹」の欄(大場小在学のみ)の方に移ります。
 まず男子から。男子全体22人のうち16人に大場小に在学するきょうだいがいます。2人の弟妹がいる男子は№4の1人のみ。ほか15人は弟か妹どちらか1人です。もっとも未就学児の弟妹がいる可能性は十分に考えられます。
 性別で見ると、男子の場合、弟の数が10人、妹の数が5人、姉が1人(№5の妹は6年3組なので姉の誤記)。

 №8の男子のように本人が「二男」であり、在学中の弟がいるということは少なくとも兄弟が3人いることになります。
 私の場合(№21)は在学中の弟が1人いますが、この下に未就学児の弟がいるので3人兄弟です。恐らく私のようなケースも少なからずいたことでしょう。
 次に女子を見ていきます。弟妹のいる子が15人中、11人と73%です。性別で見ると弟の数が7人、妹の数が8人。
 №33の女子は弟妹が3人います。№33御本人は長女なので少なくとも4人きょうだいということになります。
 男女全体を通してみると、児童37人の内、31人(全体の83%)に弟妹(弟妹の数は合計31人)が確認されます。
 前に戻りますが、長男長女の多さの理由は、やはり「5年生」であるため、長男に姉、長女に兄がいたとしても1歳上の6年生に兄姉のいる確率が少なくなります。兄姉がいても中学生でしょう。

 この長男、長女の中には、本当に一番上の子もいるものと思われます。9街区の児童はともかく、8街区の児童の中には両親が武里団地に移住してから、産まれた児童もいるかもしれません。
 長男、長女で兄弟姉妹の欄が空白であっても、もちろんきょうだいのいる可能性はあります。4年1組の名簿と比較するとわかるのですが、4年1組の「兄姉弟妹」欄には谷原中在学のきょうだいも記載されています。№3のI君には谷原中1年4組にお姉さんがいます。5年の段階だと谷原中2年生となります。№11のK君にも谷原中3年4組の兄がいます。5年の段階だと高校1年になります。

 余談ですが、№3のI君のお姉さんについて、関根岳是先生が教室で「お姉さんはとても勉強ができた。休み時間にも教室の後ろに置いてある辞書を読んでいた」と紹介したことがありました。恐らくお姉さんの担任だったということでしょう。

 I君(別稿「2人野球」で登場)ですが、4年か5年の時に本人から学習塾に通い始めた話を聞いたことがあります。確か塾で日本地図を書かせられたと聞きました。

 本題に戻ると、5年1組の名簿から確実に言えることは、8割方の児童にきょうだいがいたという厳然たる事実です。当時の武里団地に子供の姿があふれていた理由はこうしたことからも見て取れます。
 恐らく大畑や谷中、沼端などの他校も同様の傾向にあったのではないでしょうか。
 2021年の日本の出生率は1・3人です。そのことに「いい」とか「わるい」とか価値を付与しようとは思いません。ただ隔世の感があるなと思う次第です。