ここは武里団地9街区

丙午生まれの昭和回想

「赤目」とIさんちのおじさん

 春日部市立大場小学校3年か4年生の頃だったように思います。即ち昭和50年(1975)か51年頃のことです。白土三平先生の漫画作品「赤目」を読みました。

 白土三平先生(1932―2021)は「カムイ伝」「カムイ外伝」「忍者武芸帳」「サスケ」などで著名な漫画家です。
 「赤目」は、武里団地9―12の30◇に住んでいた真向いのお隣のIさんのおじさんが貸してくれました。別稿「締め出し」で助けてもらったおばさんの旦那さんです。
 私が「歴史ものが好きだ」と聞いて、わざわざ貸してくれたということを今でも覚えています。「赤目」は確か函入りのハードカバーでした。 

白土三平先生の「赤目」の一部

 「赤目」という作品は、領主の圧政に苦しめられる農民たちの姿を描いたものです。領主に殺された妻の仇を取ろうと、夫が忍者修行に励むのですが、挫折した後、浪々の挙句に初老の僧体となって村に再び現れ、一揆を扇動し、領主の住む居城を落城させるという復讐譚です。「赤目」は兎のことですが、作中では象徴的な役割をします。
 この「赤目」を私は単行本で読みました。現在は文庫版(私は小学館文庫で所蔵)で読むことができます。あとがき(内記稔夫氏)によると、昭和36年(1961)に貸本漫画として刊行。その後、昭和41年(1966)にコダマプレス、同43年に集英社からともに新書版で刊行。同44年(1969)に筑摩書房からA5判函入り上製本白土三平集』に収録され、さらに昭和50年(1975)に汐文社からB6判で出版されました。
 私が手に取ったのは恐らく昭和44年筑摩書房刊行の『白土三平集』である可能性が高いです。函入りであること、ハードカバーであることが一致しています。当時の気持ちを言葉にすると(きちんとした装丁・製本)ということを感じていました。
 「赤目」は白土先生らしい作風です。白土作品は「唯物史観」が描かれているというので、半世紀前に学生運動を起こした団塊の世代(昭和22~24年生まれ)に広く読まれました。唯物史観とは思想家カール・マルクスの唱えた歴史の見方(歴史は法則的に発展するという発展段階説)です。簡単に言えば、歴史は階級闘争による生産手段の所有の移行(領主→資本家→労働者)で説明できるということになります。
 1970年代までの歴史研究は、この唯物史観による影響がとても大きいものがありました。年貢を取り立てる過酷な圧政者、搾取され貧しさに喘ぐ農民、という対立構図です。江戸期が将軍による絶対独裁、明治期が産業革命と資本家の時代、次に来る時代は労農独裁だろう、と。ソ連、中国が成立し、時代の流れが合致するところがあり、そういう風に見え、唯物史観が支持されたのだろうと思います。

 白土先生も自身の作品にそうした歴史観を取り入れた可能性があります。
 しかし、1990年代にソ連と東欧社会主義政権が崩壊しました。蓋を開けたら独裁と粛清(大量虐殺)という悲惨な事態が明らかとなりました。欲望の塊であるはずの人間は、理想や純粋さを保ち政権運営できるほど、高尚な生き物ではありませんでした。

 当時の私は「赤目」の世界に魅了され、一気に読みました。その後も「読みたい本があったら貸してあげる」というので、お向かいのIさんちの書棚前に座り込んで借りる本を選んだことを覚えています。書棚は確か玄関を入って廊下に置かれていたように思います。だから薄暗い中で、選書していたような記憶があります。
 Iさんのおじさんがなぜ「赤目」を持っていたのか。世代的には団塊の世代より上の世代のはず。戦前の生まれだろうと思われます。書棚を見る限り、Iさんのおじさんは「赤目」以外の白土作品を持っていませんでした(確か)。
 Iさんのおじさんは絵がとてもじょうずでした。確か私の弟が第二白百合幼稚園時代に出しもの(お遊戯?)か何かで「泳げたいやきくん」を上演するというので、Iさんのおじさんが長さ50センチぐらいの「泳げたいやきくん」の絵を画いて作成しました。
 厚紙に画かれた絵は「泳げたいやきくん」そっくり、というかそのものに画かれ、薄茶に着色もされてました。この「泳げたいやきくん」は昭和50年(1975)に子供向けテレビ番組「ひらけポンキッキ」の中で子門真人さんの歌う児童向けの歌であり、これが大ヒットしました。歌詞に合わせ、バックにアニメも映り、ここに出てくる〝たいやきくん〟の絵がじょうずに画かれていたわけです。
 うろ覚えなのですが、Iさんのおじさんは、もともと画家志望だったのかもしれません。子供の私とIさんのおじさんとの接触は、ごくごく少なく、顔を見たのも数回という感じです。「厳しい人」という風に聞いていたのですが、私が接触した限りではそうした印象はありませんでした。「赤目」を所蔵していたのは、絵の参考のためだったのでしょうか。
 私が成長する過程で、白土三平作品を好んで読むようになったのは、この少年期の原体験とアニメ番組「サスケ」「カムイ外伝」の影響があることは確かです。

 良書を貸してくださり、どうもありがとうございました。