「毛球(けだま)」のことを書きたいと思います。
毛球は9街区のテニスコートのフェンス外の真下に雑草に紛れて転がっていました。しょっちゅうではなく、ほんのたまにです。それを見つけるとうれしくて、持ち帰っていました。
毛球は硬式テニスで使うボールのことです。今は黄色いですが、当時は白かったような気がします。確か泥で汚れると地が白かったような記憶があるからです。子供たちの間では「毛球」と呼んでいました。この毛球は野球をする時に使いました。それとキャッチボールや壁当てをする時にも使っていたように思います。これが高学年になると、毛球は軟球に取って代わられました。

9街区のテニスコートは、ちょうど第二白百合幼稚園と9―4と時計公園の間に挟まれる形でありました。子供心に近寄りがたい矩形の空間には2面のクレーコートがあり、周囲をグリーンの菱形穴の金網フャンスで囲われていました。入口は9―4側にあります。
フェンスの高さは優に2メートルはあったかと思います。大人になった目線で見ると、低いのですが、子供の当時は高く感じました。子供が遊びで簡単にコートに侵入できないほどの高さです。だから子供心に自分たちとは無関係の異質の空間のように感じていました。私の両親はテニスをする習慣がなかったので余計でした。
私の住む9―12から見ると、あんなに目と鼻の先の間近なスポーツ施設なのに全く入ったことがありませんでした。子供当時の気持ちを思い返すと、テニスコートは関係者以外は立ち入れない空気を醸しだしていました。中で白いテニスウェアを着た愛好者たちがプレーしている姿を見たことがあります。
そのプレーしている人たちの中には見覚えのある髭を生やした中年男性がいました。その男性は顎髭を生やしていたような気がします。その髭の男性は確か春日部市立大場小学校3年5組(昭和50年度)の同級生の女子児童Oさんのお父さんだったような記憶が微かにあります。子供の私が、その男性をOさんのお父さんであることをどうして認識していたのかよくわかりませんが、Оさんと男性が一緒にいるのをどこかで見たことがあったのでしょう。
やや薄ぼんやりとした記憶ですが、この毛球を持ち帰ることが問題になったことがありました。子供心に(毛球を持ち帰ってはいけない)という意識を持ったことがありました。テニス関係者からクレームが入り、住民の大人たちに周知されたのでしょうか。

私は、母親との買い物途中でフェンス真下に毛球が落ちていないか、歩きながら探すことがあったのですが、問題視されたこともあって、やがて落ちていても拾わずにそのまま行き過ぎたことがあったかなと思います。