ここは武里団地9街区

丙午生まれの昭和回想

雪合戦

 いつの頃かはっきりしませんが、埼玉県春日部市立大場小学校1~3年の頃でしょうか。即ち昭和48年(1973)から同50年(1975)までのこととなります。恐らく1月か2月時分だったろうと思います。
 武里団地9―12の3階の自宅窓から雪がしきりに降り続くのを見ていました。空はどんよりし、少し薄暗い雪の向こうには9―13の建物が見えます。雪は牡丹雪と言えるぐらいに結構大きかったことを覚えています。

雪の写真がないのでイメージとして掲載。昭和51年(1976)4月初旬の9―12前の芝生。向こうに第二白百合幼稚園が見える。左はQ街区の末弟(2歳)、右は隣のIさんちの一番下の娘Мさん。次弟と同年であり、大場小入学式時の正装姿をしている(Q街区所蔵)

 雪が降ると気持ちがワクワクします。大人の今でこそ自動車の運転のことを考えると、雪は(迷惑だ)(嫌だな)と思う天気となってしまいましたが、子供の頃は年に2、3回降る程度の雪の日に遭遇すると、うれしくてしようがありませんでした。
 しんしんと寒い夜が明けると、翌朝は晴れ上がり、世界を一変させます。9―12と9―13の間は結構広く芝生面積がありましたから、一面の銀世界になりました。
 今、考えると衛生的ではないのですが、まだ踏まれていない雪を手ですくって食べたこともありました。当時の自分の気持ちを言語化すると(もともと自然の水が凍った雪だからキレイなはず)と思っていました。
 すでに芝生の上には子供たちの遊ぶ姿がありました。誰かが作った大きな雪ダルマもありました。それに負けじと子供たちが雪玉を転がしています。

 早速、表に出ると、幼馴染のK君と会いました。「雪合戦しよう」と雪球をつくり、K君に向かって投げました。向こうも応戦して、雪球がヒュッと結構なスピードで飛んできました。
 私の胸辺りに雪球が当たり、球がこなごなに破裂しました。私も雪球を丸めて投げましたが、コントロールが悪いせいか、K君になかなか当たりません。夢中になって投げていると、やがて体も温まりました。
 友達や弟と雪だるまも作りました。小さい玉を転がすと、次第に膨れ上がります。直径50センチぐらいになると、重くて転がすのも大変になりました。大きめの玉を作り、もう1つ最初のより小さめの玉を作り、最後に2人で持ち上げて玉の上に載せます。

 炭がありませんので、のっぺらぼうの雪だるまです。手袋をはめて作ったのか、それとも素手で作ったのか、よく思い出せませんが、素手だったような気もします。

 天気がいいと、雪は次第に解けていきます。芝生がはげて土の露出した箇所は泥状態と化します。
 寒かったけど、楽しかった武里団地の雪の思い出。二度と帰らない日々ですが、本当にあの頃は楽しかったなと思います。