東京に住んでいた祖父母は亡くなると、埼玉県郊外の霊園に墓地を買い、そこに永眠しました。入間市の入間メモリアルパークです。毎年、秋の彼岸になると、群馬県からふらりと墓参りに出かけます。関越道を走らせると、いつも関東平野の広さ、空の大きさを実感します。
墓に到着すると、草をむしり(ほぼきれいですが)、花を供え、水をかけ、線香をあげ、墓前で昼食を取ります。コンビニのお握りと野菜ジュース。沖縄では墓前にござを敷いて死者と共に食事します。映像を見たことがありますが、(ピクニック感覚だな)と思い、いい習慣だなと感じたことがあります。人影のない墓地で日傘を差しながら、かわいがってもらった祖父母と昼食を共にしました。
そこから春日部市へ向かいます。距離46キロぐらい。狭山市、川越市、さいたま市、岩槻市を経て、午後3時頃、春日部市武里団地に入りました。カスミに駐車(有料600円)し、ゆっく武里の前を通り過ぎ、9街区を目指します。
道を渡ると、テニスコート。9街区跡地は周囲をぐるりと工事用の塀で囲われて、中に立ち入ることはできませんでした。唯一、テニスコート脇の小径と時計公園跡地だけ立ち入ることができるくらい。





よそよそしい故郷がそこにありました。住んでいた頃の建物もなく、知り合いもなく、なつかしさと虚しさが半々の気分です。
気温はまだ暑く、水分を取りながら、9街区をぐるりと一周しました。9―6、9―7、9―8の跡地は背丈ほどの草でぼうぼうです。









それから近隣公園内の武里南公民館へ行きました。
女性職員が「職員のSさんはお休みです」とのこと。Sさんには武里団地の竣工60周年記念イベント(2023年)の折に御世話になりました。「何か御用ですか?」と問われたので「特に用という用はないのですが、あいさつと9街区の跡地利用がどうなのかお尋ねしようと思って」と答えました。
「9街区の跡地利用は特に何も聞いていません」とのことでした。
9街区の跡地利用は大いに気になるところですが、表面上は1年前の様子と大して変化ありません。トンネル公園跡地で産廃回収業者のトラックが2台とまり、そろそろ仕事を引き上げるという様子だったぐらいです。
それから6街区を抜けて、千間堀商店街へ。前々から気になっていたデリカショップすずきでお惣菜を買ってみました。基本、精肉店さんなので、昔懐かしのコロッケ、メンチカツをまず注文、それから肉入り厚揚げ(醤油仕立の甘辛味)、油淋鶏、手羽先を注文しました。約1700円です。

ほかにもお惣菜があり、ヒジキ、筑前煮、肉じゃが、鶏肉とモヤシの和え物などもありました。次回、買ってみようと思いました。

これだけ買ったのだから(質問してもいいかな)と判断し、「ここって創業どのぐらいなんですか?」と尋ねました。すると「創業50年です」と女性店員の方から笑顔で言われました。「じゃあ半世紀ですね」と小生。
私が8歳の頃の創業だから、私が千間堀におたまじゃくしを見に行ったり、また大場小5年1組の時に千間堀向こうの住宅地が造成前だった頃に秘密基地を造りに来た頃にはもう営業していたということになります。
それからけやき通りを渡り、4街区へ入りました。蟻地獄公園の跡地を見たかったので、それらしい公園にたどり着きましたが、まあ面影は全くありませんでした。
カスミの前に一旦戻り、もう群馬に帰ろうかとも思ったのですが、団地商店街のひまわり(中華料理店)が開くまで、もう一回りしようかと思い、けやき通りを武里商店街方面へ向けて歩き始めました(つづく)。