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丙午生まれの昭和回想

泳げるように

 あれは昭和50年(1975)の夏。

 私は埼玉県春日部市立大場小学校3年5組でした。

 夏休みに学校プールに通いました。

 その日はよく晴れて真っ青な空が広がっていました。

 周りには児童たちが25メートルプールでところ狭しと盛んに泳いで水しぶきを上げています。

 私は泳げずプールの中で突っ立っているばかりでした。

 そんな時、サングラスをかけ、日焼けした男性の先生に声をかけられました。その先生は、泳げない児童を何人か集めて、指導してくださいました。

 目をつぶって顔をつけることから始めます。次に目を開けてグー、チョキ、パーを当てさせました。当てると褒めてくださいます。

 慣れて当てられるようになったら、頭ごともぐります。慣れてきたら先生が両手を持ってくださり、顔をつけて体を浮かせます。そのまま先生はそっと手を放しました。

 浮かぶことができた瞬間です。

 次に両脚を交互にばたばたさせました。バタ足です。

 こうして段階的に教えていただき、どうにかばた足ができるところまで行きました。クラスメートのK君も同じ指導を受け、泳げるようになりました。

 帰りしなに「泳げるようになったよってお母さんに報告しな」と仰ってくださいました。急いで帰宅し、母親に泳げるようになったと知らせました。

 今でも時々思い返します。いい思い出になってます。

 日焼けしたサングラス姿の先生のことを、お向かいのIさんちに母親とお邪魔した時にIさんちのお姉さんに尋ねる機会がありました。わずかな特徴を話すと、いろいろと考えてくださいましたが、とうとう名前はわかりませんてした。

 名前はわかりませんが、とても感謝しています。

 どうもありがとうございました。